週刊モモ

果たして週刊でお届けできるのか

大江戸線はふかい

大江戸線はふかい。おおえどせんはふかい。

大江戸線は東京の地下鉄の中で一番深い路線だ。

ながいながいくだりエスカレーターに乗ると、深くにもぐってしまう。多分東京で地獄に一番近い場所だ。そう思うと怖い。

エスカレーターだからいいけれど階段だったなら、降りている間に息がきれてしまう。

わたしは毎日大江戸線に乗って会社に通勤している。

 

 

新宿駅大江戸線に向かうエスカレーターには「エスカレーターでは歩かず立ち止ってください」と声をあげて注意喚起しているひとたちがいる。行きにも、帰りにもいる。一日中いるのだろうか。そんなひとたちを横目に多くのひとびとはエスカレーターの右側を足速に歩いているのに。

わたしは、なんだか悪いよなあと思ってエスカレータの左側で立ち止る。会社には一分前につけばいいし、家に帰るときもいそぐことはないから。

エスカレーターを歩いてはいけない文化はちゃんと広まるのだろうか。

 

 

今日はぼうっとしていたらエスカレーターをおり忘れてしまった。エスカレーターをおり忘れることなんてない。いつかはたどり着くから。

しかし今日のわたしはずっとエスカレーターをおり続けて、大江戸線を越えて深くまで行ってしまった。ずっと、ずっと下り続けた。

地下深く深くにたどりつくとそこには地底人がいてエスカレーターを動かすために、みんな忙しそうに働いていた。なるほどみんなが働いてくれるから、大江戸線まで息を切らさずたどりつけるんだなあと思った。

地底人はというと、ひとのようなかたちをしていて、ひとの言葉のような何かを話していた気がする。

最近カイジをよんでいるから、みんなもペリカを握りしめてキンキンに冷えてやがるビールでも飲んでいるのだろうか、と考えに耽ってみたりした。過酷な労働環境を思うと涙がでてくるような気がしないでもない。

 

 

働くってことは組織に属することだなあ、と思う。

この間、会社でわたしの属する総務のミーティングがあったとき、組織の売り上げ向上のための働き、ということを忘れないでほしいということを言われた。

先週はやることがなさ過ぎて暇すぎて在宅中に映画を見ちゃったりしたけど大丈夫かなあ。テッサバイオレットのboredを聞いたりもした。

私はちゃんと働けているだろうか?

転職して、かなり小さな会社で働けているのは、なんだかんだ私にはあっているんじゃないかなとは思う。でもちゃんと給料分の働きができているかは謎だ。

 

 

昔から集団に属するということが割と苦手だ。

幼稚園の時は自由に生きすぎていたのでわたしはみんなと集団行動ができないことが問題視されて、先生とは別に観察員みたいな大人がついていたらしい。

幼稚園の制服はきてなかったし、持っていきたくない時はカバンだってもっていかなかった。背中に風呂敷をまいて園に行っていた。お弁当は優しいみんながカンパしてくれた。それが一番おいしい弁当になったりするのだ。

登園したくなくて近くの公園でお母さんと遊んでからじゃないと園にいけなかった。遅刻なんて当たり前だったのだ。

人生で一番とがっていた時期かもしれない。問題児だったのでお母さんは園長先生に何回も呼び出されていた。

 

小学校のときも、ふと学校にいく意味がわからねえ…となって先生に正直に言って休んだことがある。担任の先生に心配されてお手紙までもらった。そんなたいしたことはなく、ただなんとなく行きたくなかっただけなのに。

高校はとにかく嫌いだったのでいつも遅刻していた。

朝はおきれるし電車にも乗れる。途中までは行けるのに、学校めんどくさいなとなってマックによって持ち歩いてた本を読んだり、タワレコで音楽を聞いていたりした。

幼稚園のときとは違ってさすがに親は遅刻の回数に怒っていた。でも学校が嫌いだったんだもん、と思う。

 

大学もなかなか熱心には通えなかった。

勉強は嫌いじゃなかったけど、自分のペースで好きなようにやりたかった。好きな時に好きな本を読みたかった。日本史の研究室にいたのに、現代アートの授業を熱心に受講していた。

北斎がすきだから浮世絵の勉強をしたいと思っていたけど、普通に絵を眺めたりすることだけが好きで、背景を詳しく勉強したりしなくていいなと途中で気が付いてしまった。

そんなわたしはゼミ発表をすっぽかしたりもしていたし、研究室のみんなは賢くてまじめでわたしみたいなやつがいてごめんなさい…と思っていた。

卒論指導担当の先生は優しくてめちゃくちゃ助けてくれながらわたしはクソみたいな論文をかきあげた。先生と話しているときは卒論を書ける気がどんどん湧いてきたのに、先生との面談がおわった瞬間から卒論が書けなかった。

 

思えばちゃんと学校にかよっていたのは中学生くらいだなあ。

でもすべての時期がわたしには必要な時間で、必要な経験だったと思う。今だってそう思いたい。

 

 

今はラインが苦手かもしれない。みんなにたくさん話をするのは好きだけど、人とつながりすぎてしまうことが怖い。

どんどん増えていくライングループにも嫌になっちゃう時がある、なかなか返事できなかったりしてごめんね。

 

 

気が付いたらわたしは大江戸線に乗っていて、会社の最寄りについたから会社に向かった。会社には始業の一分前についた。何食わぬ顔で仕事をはじめて、眠かったので小さなガムを2つぶ噛んだ。

まだ1日の始まりなのに、わたしは地下に潜って地上にでてきたんだ。

 

 

 

おわり

トークサバイバーがちょっと感動するくらい面白かった

 

 

3/8火曜日に配信されたネットフリックスの番組、「トークサバイバー!~トークが面白いと生き残れるドラマ〜」がほんとによかった。

最近体験したコンテンツ、どうも満足いくものが少なかった中で、今回はかなり満足させられてしまった。

 

 

 

そもそも、お友達の落合みおちゃんがきっかけだった。

CHAIZAZEN BOYSのライブが当たったので彼女と行く約束をしていたが、振り込みが3/8までだったので、振り込みしたか?とラインを送ったのだ。

 

 

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笑ってしまうが私たちは振り込みを忘れていた。なんで人っていろいろわすれてしまうんだろうか。

 

ラインにあるように「劇団ひとり見てた」で何かと思ったが、よくよく聞くと佐久間宣行と千鳥の番組がネットフリックスで配信されたことを聞いた。おっちーは佐久間信者だ。ゴットタンとあちこちオードリーを愛している。

私たちは振り込み忘れた悲しさとともにトークサバイバーをみた。

 

 

ドラマの中で芸人たちが台本にないエピソードトークを即興で披露し、面白くないと判断されたひとがドラマを降板させられるというトークサバイバル番組だった。

何が面白いって、出てるひとたちが見事に全員ちゃんと役割を果たしている。劇団ひとり、ハライチ岩井、ケンコバパンサー向井、オードリー春日、オズワルド伊藤、蛙亭イワクラ、錦鯉渡辺等出ている芸人の人選も良い。

最初から最後まで脱落者も妥当だったし、最後に生き残ったひとりも納得がいった。

 

 

個人的にしょうもない話→うれしい話のトクニでのトークが一番好きだった。警察編がはじまったときの芸人のメンバーが良すぎてワクワクがすごかった。

 

オードリーは若林じゃなくて春日がでてきて、大丈夫か?エピソードトークで春日の良さ発揮できるか?と思ったらテーマが「しょうもない話」で春日のほんとそういう話得意なんだよな…とマジ安心したしめちゃくちゃよかったです。(私はリトルトゥースだから…)

狩野英孝もマジなんだかんだ結局笑ってしまう。存在で笑っちゃう。「うれしい話」で狩野が「想像でもいいか?」と話し始めたところほんと笑ってしまった。

 

 

向井、「秘密を暴露する話」での暴露は芸人魂みたいなものを感じた。

アンミカ、芸人の中にいるだけで笑える。

ヒコロヒー、トーク話すときの間、話し方がうますぎる。

学校編での川島省吾、やっぱお前の下ネタ話すときの表情含めて全部わろてまう…。

そして俳優間宮の働きぶり、個人的アカデミー賞あげたい。

 

 

そしてなによりいろんな伏線があって、それを全部回収してくれるストーリーもおもしろいのだ。警察編からの物語の展開が面白すぎた。

最終話は普通にちょっと感動してしまったし、芸人のトークにも力が入りアツかった。

 

そしてサンボマスターの音楽すらめちゃくちゃよかった。

この世には自分を救ってくれるコンテンツが生まれ続けているだけでほんと救いがあると思う。

佐久間宣行まじでありがとうってカンジだ。

 

 

そして今日おっちーが一般でCHAIザゼンのチケットとってくれました。ありがとうってカンジだ。

 

 

 

やさしさの表現はひとそれぞれでいいんだぜ

 

ただふと今日考えたことです。短いです。

 

これは自分にも言い聞かせてることではありますが、やさしさの表現ってマジ人それぞれでいいと思います。

結局は、自分以外の立場の人を思いやろうとする気持ちがあって、人の話を聞こうとする気持ちがあればやさしさって存在していると思う。

 

何もできないようで、全く何もできていないわけではない。

 

 

最近おっちーとくるりlovelessという曲の話をちょっとしたので少しだけ考えてみたんですけど、あれってスゴイ歌詞だなって思いました。今聞きながらこのブログを書いています。

 

  悲しみの時代を生きることはそれぞれ

 たとえようのない愛を生むのさ

 

悲しいことって世のなかにはつきなくて、今もロシアはウクライナに侵攻しているし、

差別とか格差って消えないし、うごめくネットの意見にも疲労してしまうけど

その中で知らないだれかを想う視線は世のなかに確実に愛として存在してると思います。知らない世界へも、友達の中にも、家族の中にも存在している。

 

 

 

 愛はどこでも消えない気持ち

 懐かしむこと慈しむこと

 許しあうこと

 見えないことも見ようとする強い気持ちのこと

 

 

「見えないことも見ようとする強い気持ち」ってスゲー愛だなって感じます。

実際、愛を行動に移すことって結構難しいんじゃないかな、

だから、そういう気持ちだけがあるだけでもいい、自分はなにもできないと苦しむ必要はないと思う。

 

愛は幻想なんかじゃないと私は思います。

 

 

 

 

この間、ふと献血をしようと駅前の献血カーに立ち寄ったんですが、自分が今飲んでる薬的に献血ができないことを知りました。

献血のひとに元気になったらまた来てねと言われたけど、元気になったらまたくればいいんだ、と思った。

薬って結局自分が正常に生きるための助けであって、自分を助けている間は他人のことを助けるのでさえ難しいんだなと感じたよ。

 

 

 

 

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最近の私はというと、毎週ヨガにも通ってて、疲れるなあ~ってなりながらも太陽礼拝をしています。かなり良いです。

前までは自分がどこに向かっていくかわからなくて体調も心も悪くなっていたけど、最近は自分がどこにむかうのか少しずつ分かってきたきがします。数秘術の本を読んだりもしましたが、あんまりひとの性質とかをそういうので診断することはあまり信じられねえな、と思いました。

 

 

 

そして、お友達の沖津くんに、会うたびに毎回「おい!!次会うまでにPayPayはじめろ!」と言われて無視し続けてきたのですが、今日ついにPayPayをダウンロードしました。

この間千円札が10枚財布の中に入ってた時はひかれるということがありまして、、、脱キャッシュ女になる(予定)(かもしれない)

 

 

 

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このあと丁寧に教えてくれました

 

 

 

 

 

 

 

ヨガを始めてみた

 

どうも調子が完全には戻らず、日々疲れを感じてしまっている。

身体のだるさを解消したいと思った私は最ヨガを始めてみた。

そもそもは母がヨガをやっていて、すごく良いよという話を聞いていたので興味があった。

わたしは最近特に肩凝りがすごく、リュックを背負っただけでその日の夜には肩が死ぬほど重くなり、痛くなる時まである。

しかも末端冷え性で手足が常時めちゃくちゃ冷たく、しもやけもひどい。

しもやけって子どもがよくなるものと聞くのにわたしは25歳でバリバリ現役でしもやけがある。おかしいと思う。

 

とにかく血流を良くしたい。

針なども薦められたけどなんとなく気が乗らず、ヨガならいい運動にもなるし気分転換にもなるからやってみようかなと思ったのが始まりだ。

 

母にヨガの先生に連絡を取ってもらい、調布駅のとある会議室を予約してもらった。初心者なので一旦マンツーマンで教えてもらうことにした。

1時間3,000円だった。高いのか安いのかもよくわからない。

 

 

当日、朝から体調が悪く一気にヨガに行きたくなくなった。

金を払っている関係性とはいえ、そもそも知らない人と1時間部屋にいなければならないと考えるといつになっても人見知りの私にとっては恐ろしい体験なんじゃないかと急に不安になり始めた。

しかし身体の調子を整えるために行かねばならんと、なんとか自分を鼓舞して、場所に向かう。

 

部屋に入った瞬間挨拶してくれた先生は、すげえスタイルの良い明るい人だった。

そういえばうちのお母さんもヨガを始めてから、健康診断で計測してくれた人が驚くぐらいウエストが減ったらしい。ヨガすごい。

 

先生に紙を渡され色々肩こりがひどいことや、からだの悩みなどを書いた。

同意書みたいなのに日付とサインをかいたのだが、フォーマットの日付が 「平成 年 月 日」といなっていた。

令和になってからもう4年目ですけど…と思いながら先生に妙に親近感が湧いたが「平成」の下に令和と書き直して日付を書く。

 

 

ゆるりとストレッチからはいっていった。体が硬いので心配だったけど、先生に、全然硬くないですよ〜いい感じです、と言ってもらいながら先生の指定したポーズを取る。

ヨガは身体の力をうまーく抜いて体を伸ばしていかなければならないらしく、それがめちゃくちゃむずかった。

肩凝りがひどいのも、生活する中で無駄な力が入ってりきんでしまうために体が疲れてしまうらしい。

 

日々、人は呼吸する時1分間に12回くらい息を吸って吐いているらしいが、ヨガの時は1分間に4回にするらしい。息を深ーく吸って深く吐く。

腹式呼吸で、お腹から、背中を通って、くびまで息を吸うイメージで、と言われた。お腹はわかるけど背中とくびってどゆこと、、、と思いながらやった。

 

 

肩と首が痛いという話をしたので、上半身を中心に伸ばして行く。

ボルスターというクッションを使いながらやったのだが、先生がボルスターが何かとか説明なくボルスターを……とか言い始めるので最初は焦った。何?ボルスターって、、、となったけど途中で文脈的にこのクッションのことだな…となった。

 

母が言ったのか、私が以前にオーストラリアに留学してたことを先生は知ってて、オーストラリアどうだった〜?良かったでしょ、とかオーストラリアにいる時は絶対身体の調子も良かったんだろうね、とかオーストラリアの環境をめちゃ褒めてた。私は、あハイ…としか言えなかった。

 

でも先生の言う通りオーストラリアにいた時は私はかなり心身共に伸び伸びしてだと思う。肩こりなんてなかったし。公園をランニングしたり、昼寝したり、いい環境で英語の勉強して、バイトしたりボランティアしたり日々が楽しくいきいきしていた。

 

 

ヨガで何か体調がめちゃくちゃ良くなるってことにはならないとは思うけど、ヨガに行く前の憂鬱さに比べるとヨガが終わったあとはとても清々しい気持ちになったし、最初はうまくいかなかったけど最後にはしっかり深く息をしてヨガができたと思う。たのしかった。

 

ヨガをした日には初心者の人は血流が良くなる影響で身体がだるくなるらしく、夜は身体が疲れてますよーとめちゃくちゃ主張していた。

でも、ヨガをやった影響が体に出てるんだろうと思うと、今日ちゃんとヨガやったんだな、って気持ちになって達成感はあった。

 

 

これから多分少しずつ続けていく、私のヨガ体験記の初日を書いてみた。

肩こりや冷え性なんてわすれて、体がどんどん軽くなって浮いてしまえばいいとおもう。

 

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かわいいローファーを買ったから足は軽くなった

 

東京について考えてみる。

 

東京という街が苦手だ。

人やものが多い場所にいるととにかく疲れてしまうので、混み合っているところには長い時間はいられない。

なにもかもの中心が東京にあるきがするのも生きづらさを感じているし、

大衆的な意見がずっと空気にとけて流れている気がしている。

 

東京では、私は知らない人によく話かけられる。

多分見た目とかで断れなさそうな人だと思われているんだろう。男女とわずナンパとか、何かの勧誘とか、一時期は月1か2くらいのペースで話かけられていた。

その通り、私はそういうひとたちをうまく無視できない。ライン交換が断れなくて、交換してからブロックすることがよくあった。ちゃんと断れ、てか無視しろと友達に怒られたことがある。ごもっともだ。でも全部ちゃんとうまくできなかった。

 

北海道の大学に行ってから、思い返すと東京って苦手だな~と思うことがたくさんあった。札幌は雪がたくさん降ったけど冬が好きな私にとっては住みよい場所だった。

大学に自転車で通っていたこともデカいとおもう。高校の時にあの路線は痴漢が多いとか、そんな話題がでてくるのも最悪だった。

満員電車は人だけじゃなくて、人間のいやなところも詰まっているように見えた、まあ、それもやっぱりただ人がとにかく多いからその分トラブルが多いだけなんだろうと思うが。

 

 

私は大学をでて東京に帰ってきた。

一番の理由は地元の好きな友達とたくさん遊びたかったし、大学で仲良かったひとも何人か関東で働くんだろうなと思っていたからだ。

ようするに場所が理由で帰ってきたのではなく、人が理由で帰ってきたのだ。

 

私の住んでいる場所はそこまで高い建物も多くなく、近くに多摩川があるのでゆっくり昼寝もできる。そこまで東京のいやなところがでてきていない。

まあ、いいかという気持ちで住んでいる。実家もあるし。

思っていた通り、仲のいい友達は家にピンポンしにいけば遊んでくれるし大学で仲良かった人たちも去年関東にやってきた。

 

 

東京について、考えてみる。

私と東京のかかわりはどうだろう?

いままで一番長く住んだ場所であることは確かだ。

 

 

去年「もしも、東京」という漫画の展示を見に東京都現代美術館に行った。

もしも、こんな東京だったら…という発想から、それぞれの東京を描いた作品が展示されていた。それは東京の「いま」をかいていたり「いままで」をかいていたり「いつか」をかいていたり、様々だった。

 

 

 街はいつも生き物のように感じます。

 その中に暮らすたくさんの人の毎日や街の明かりや音がゴウゴウとうねりのように重なって、もの悲しかったり、汚かったりきれいだったり、そんなふうに感じます。

 

と、私の好きな松本大洋は言っていた。

 

 

私も少なからず東京に気持ちを抱いているように、他のひとたちもそれぞれの東京への思いがある、ということが目に見えた。

好きの反対は無関心、という言葉があるように、否定的な感情でもそれ自体に興味が湧いているように私は日々東京という街を感じているのだと思う。

 

東京にはいろんなものが集まっている。

私もその一部になっている。

 

 

よく考えれば、好きなAKIRAの舞台もネオトーキョーだし、くるりも東京という曲をかいてるし、江戸東京博物館もよく行っていたし、大学の時は江戸の書籍文化に関して卒論を書いた。他にも思い出せばたくさんあるだろう、私と東京の肯定的な交わりが。

 

東京に触れているものを見たり、感じたりすることが好きなんだと思う。

それは人が集まってこそ生まれるものだ。

 

東京は色々な場所へのアクセスが容易なように、文化芸術へのアクセスも容易だ。そんな部分が良いものをよいと感じられる私をつくってくれたのかな、とも思う。

人が理由でここに戻ってきたような気がしていたけど、そんなところに私はもしかして惹かれて東京に住んでいるのかもしれない。

 

 

東京という街が苦手だが、東京に魅力があることは知っている。

いつかは離れるんだろうな、と思って生活しているけど、もう少しだけ、私はこの街で年を重ねる。

 

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常夜灯

 

みそかが一年で一番好きだ。

実家に帰ってくる兄を車で迎えに行ったのが、昨日(大みそか)の20時くらいだった。

ほかの車はほとんどいなくて、皆がひっそりと家の中で過ごしているのがわかった。

とてもドキドキした。

思えば小さいころも一年で一番、特別に夜更かしした日は大みそかだった。おばあちゃんの家で布団にくるまりながらテレビをみていた。

 

元旦はとても楽しい。おせちが好きだしお雑煮もすきだ。

ただ、初もうでの人混みは嫌いだし、初売りもそんなに心ときめかない。福袋もどうせ余った商品たちが雑多にひとつにされていると思ってしまう。

その商品たちも開発当時は福袋に入れられることなんか考えていなかっただろうに。

元旦はあっという間に終わる。そしたら駅伝が始まって、駅伝が終わって、学校とか仕事がはじまるという事実がじわり、じわりと私に近づいてくる。

日曜日よりも金曜の夜のほうがいいのと同じだ。元旦を待つ日こそが一年で一番楽しい。

 

昨日も年越そばを食べて、しみじみと2021年を終えた。

 

 

去年はあまりいい年ではなかったのかもしれない。

良くも悪くも私は私のことを考えすぎて疲れてしまった。体調が悪くなり気が付いたら頭のてっぺんからつま先まで全身蕁麻疹になった。10月ころだった、一年の中では後ろのほうだなあ。

(地球だって40億年とか前に誕生しているんだから、一年間に換算したら、人間がいる地球も後のほう、12月とかだろう。)

 

薬が全然効かなかったからどんどん薬が増えた。飲み薬を一日15錠くらい飲んで、塗り薬を二時間おきに体に塗りたくる日々が続いた。

朝から夕方まで病院にいって、病院のトイレで倒れたり、点滴をうったりした。

思い出すだけで疲れる。全部がかなり疲れて私は泣きまくった。親を困らせた。

 

疲れたときは休まないといけない。

 

 

幸い私には優しい友だちが何人かいた。私の話をうんうんと聞いてくれて絶対に否定しない人とか、SNSDMでどうしたの?って心配してくれる人とか、東京の東のほうにすんでるのにわざわざ私の家まで会いに来てくれる人とか。

優しい振りをして全然優しくないひとだっていたけど、どうでもいい。私を大事にしてくれる人を私は大事にしないといけない。逆に私のことをどうでもいいと思っている人にはそこまで気持ちを持たなくていい。自分を大切にしないといけないから。

 

優しい友だちがいたから、体調も回復していった。

 

 

 

考えることをやめることはできない。それが私の性格だから。

どんな人間だっていいんだ。とわたしはすべての人を肯定したい。

みんないろんな過去があって、いろんな後悔とか、捨てられない思い出とか、あると思う。そんな時に助けてくれるひとや、ものがある世界であり続てほしい。

 

現実がひどいときこそ、いいひとと出会いたいし、いいものをみたい知りたい。

そしてひとを思いやりたい。ひとだけじゃないかもしれない。

 

ベットの上で、また考えに考える日が続いて思ったことがある。

わたしは何かを信じたいような気持になってしまうことを、前ブログにかいたけど

やっぱり何かに傾倒するのは視野がせまくなってしまうな、ということはひとつの答えかもしれない。

みんな、わたしが変な宗教とかにはまらなくてよかったね。でもはまっていたとしても一個の冒険譚くらいになったらいいのにね。

 

何かの立場から、ひとつのことを主張し続けるのって難しい。

だからいろんな立場を考えられる人になりたい。自分のかっこたる意見をもつのは私は臆病でできないよ、だから主張をもつのではなく、いろんな問いをもてる人になりたい。

 

どうして私は存在しているんだろう?

仮にこの現実は夢の中だとしたら、この認識が自分にもたらすものは何だろう?

死んだら意識はどうなるんだろう?

みんなの見ている赤色はほんとうに赤色なんだろうか?

明日のわたしは本当に今のわたしと同じ人物なんだろうか?

もし違った場合、わたしの意思は継続されないということになるのだろうか?

なぜ夫婦別姓同性婚は認められないのか?なぜルッキズムやフェミサイドが存在しているのか?

 

 

全部わかんなくってそこからはじめたらて、いろんなことを考えられたらいいんじゃないか。

 

今年は自分だけじゃなくてひとのためにも動けたらいいな。

 

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あけましておめでとう。

 

 

 

どうする?

今日は金曜日。

 

朝、7:30にモモに起こされる。眠い。

モモにあさごはんをあげる。ベットに戻って寝る。

 

モモは朝ごはんを食べると絶対ベットで寝ている私のところに来て、なでろ、と言わんばかりの態度で迫ってくる。ゴロゴロ喉を鳴らしながら寄ってくる。

正直朝は眠いので極力動きたくない。かわいい猫のため全力で撫でてあげたい気持ちもあるが、最小限の動きで猫のおでこを撫でてあげる。モモはめをつむって満足そうな顔をする。いいこだね。

 

時計をみると8:00になりかけている。

やばい、朝ドラ始まる。

 

 

8:01、おかえりモネを見るためにリビングにおりる。眠いので動きが遅い。最初の一分は前回の予習みたいなものなので、別にいい。効率的な動き方をしている。

母が既に座ってテレビをつけている。BUMP OF CHICKENの曲が流れている。いい曲だ。

だんだん目が覚めてくる。菅波先生がモネのことを引き寄せたときに完全に目が開いた。わー!!と思ってたちあがり、踊った。いい朝かもしれない。

 

 

8:17、アノーで買った食パンを3分焼く。こんがりトーストにバターをおとしてしみこませる。食べる。牛乳を飲む。

アノーの食パンがうますぎる。もう一枚食べる。

 

 

8:45、顔洗ったり歯を磨いたりする。当たり前にやっていることこそ生きていることって言えるよなあ、とどうでもいいことを思う。今日はルックバックの発売だと気が付く。

 

 

9:00、昨日寝る前に読んでいた文藝の続きを読む。遠野遥の「教育」を読む。続きが気になる。

 

 

9:30、在宅勤務なので会社のパソコンを開いて出勤のフリをする。

9月は繁忙期なので忙しい。私は極力働きたくないと思っている、ので今の会社はかなり楽なのだが、9月になってから急に忙しくなってムカついている。まだ3日しかたっていないのに、そう思っていることにため息をつく。

会社のノートパソコンはスペックがそんなに高くない。

出社したときは二画面デスクトップでぬくぬく仕事をしている私にとって、在宅のパソコンはものすごくストレスだ。

コントロールキーが絶妙に違う場所にあることも、ショートカットキーを多用するので間違えてしまうのがかなり怠い。エクセルが一回すごく重くなって、行の削除に20秒くらいかかったとき、今すぐ窓をあけてパソコンをぶんなげてやろうかと思った。

 

昨日先に印刷して家で参照できるようにしておこうと思ったものが、悉く私にとって不要なものだと早い段階で気が付く。

こっちを印刷しておけばよかった、というものを家のコピー機で印刷する。それを使って作業をしたあと、同じ内容エクセルのデータが存在していたことに気が付く。

PDFの印刷したものを見るのではなく、エクセルのデータを加工してコピペすればよかったのだ。今すぐ窓をあけてパソコンをぶんなげてやろうかと思った。

 

モモが机の上にのってきて仕事の邪魔をしてくる。やめて、といっても堂々とキーボードの上を歩き回る。今すぐ窓をあけてパソコンをぶんなげてやろうかと思った。

 

 

13:30、おなかがすいてきた。作業もひと段落してきた。

酸辣湯カップ麺みたいなやつがあったので食べてみた。味が物足りなくて自分で酢をいれた。わりとおいしかった。

お母さんが昨日目黒ガジュエンとかいう名前の場所にある店で買ってきた栗のワッフルと、和紅茶を飲んだ。和光茶を、お父さんはイマイチだと言っていた。ニュースを見ながら岸田は人気がねえな~ということと、高市になったら最悪だな、だったら野田のほうがいいかもな、ということもお父さんは言ってた。

 

 

14:00、文藝を読む。続きが気になる。

 

 

14:30、在宅で休憩をとったら、そのあとちゃんと働きはじめるのが偉すぎる。

頼まれていた仕事をやる。途中に会社のひとからteamsで電話がかかってきてビビる。頼まれてた仕事の作業内容の確認だった。落ち着いた声色で対応する。

 

 

15:00、家に両親がいるので生活音がうるさいし仕事に集中できないので、音楽を聞く。

オアシスのStop Crying Your Heart Outを聞く。エンドレスリピートで聞く。

私は最近調子がいい。メンタルの話だ。私にとっては貴重な時期なので、こういう時期に感じたこととか、覚えたことは忘れないようにしたいと思っている。

と、曲を聞いて思う。携帯のメモにメモする。昨日の夜風呂でりゅうちぇるの「自己肯定感を高めるということ」についての動画をみたから。

曲をきいていろいろかんがえてしまう、あ、今仕事中だった。

 

 

17:00、頼まれていた仕事が終わる。他の人に、「いま抱えているタスク終わって時間あったらその時連絡するんで、もしなんかやることあればなんでも言ってください」と今日の朝、申し訳なさを演出しながら私が言ったことを思い出す。

やー…でも定時まであと一時間だし、今連絡してなんか頼まれるの嫌だな。金曜だし。在宅だしバレんやろ。という気持ちになる。Live Foreverの間奏を聞いてしみじみして泣きそうになってきたし、今日はもういいや。

 

 

17:20、モモと遊ぶ。パソコンは念のためつけておく。文藝も読む。続きが気になる。

 

 

18:00、定時になる。すぐにパソコンを消す。マスクをつけて外にでる。ルックバックを買いにイトーヨーカドーくまざわ書店に行く。家を出て左のほうに進む。あ、間違えた右だわ、とおもって引き返す。はやめにきがついてよかったーと思う。

…違う、左であってたわ、とセブンイレブンのあたりで気が付く。また引き返す。降っているのかふっていないのかわからないような雨を身体が感じる。自転車を果敢にこぐ。向かい風だったきがする。

 

 

18:20、ルックバックを買って家に帰る。ちょっとだけ雨がさっきよりもしっかり降っている。藤野も踊りながら雨の中かえってたから、ちょうどええやろ、という気持ちになる。

 

18:30、帰ってきてからモモに夜ご飯をあげる。自分もご飯を食べる。我が家はなんと、今季初の鍋入りをした。我が家は確実に他の家よりも鍋の確率が高い。冬は週2はマストで、ミニマムで、鍋だ。鍋入りもはやい。今日は何月だっけと思う。今日は9月が始まって、やっぱりまだ3日しか経ってない。

 

 

20:00、今日は調子がいいし、金曜日なので、私はいろんなことをしたいと思う!

まずはマフィンをつくる。家にはドライイチジクがある。今日という夜にやりたいことを箇条書きにしてまとめてみる。

 

・イチジク入ったマフィンをつくる

・ブログ書く

・「飛行船」完成させる

・ルックバックよんでもう一回いろいろ考える

・文藝、全部読み終わりたい(ムリすぎ)

 

ムリすぎ、まで自然とボールペンが紙に記している。いや時間ねぇな~。私は夜はちゃんとねたいんだよな。ほんとは毎日してる勉強とか、ネトフリ鑑賞とかもいれたかったんだ。

 

 

20:30、とりあえずマフィンをつくろう。

 

22:15、まずいマフィンができる。後片付けをする。

 

 

23:00、ブログを書き始める。

 

 

箇条書きにしてまとめたことが全部できる気だけはしている。だって今日は金曜日だもん。あした仕事がないということだけで、すごいおっきな気持ちの余裕がある。涼しくなってきたし、夜は長くなってきたから、日常に私の好きな要素が増えただけで、最高だ。

 

しかも明日は東京都現代美術館に行くんだ。おっちーの家にもいくし。

余談だが、この間観たドライブマイカーはよかったし(最初は30分くらい?ちょっと退屈かもと思ったけどあれは必要なシーンだったよね、韓国手話とかよかったよね、村上春樹へのリスペクトがあったよね、3時間の長さを感じなかったよね)、最近はほしい本を値段とかいっさいみないで当たり前のように買いに行ったり、店に在庫がなかったらネットでぽちっと買ったりしてるし、100均で取っ手の長さが調節できて、床をコロコロ掃除できるやつをかったからモモの毛がきれいに掃除できるようになったし。モモのかわいい写真がとれたし、かわいすぎていろんな人に送り付けたし。

 

 

さっきも書いたけど、最近の私は少しだけメンタルの調子がいい。生理前にこれだけ調子がいいのもすごい。

なんにもしたくない時の自分は最悪だ。思い出すだけでちょっと泣いちゃいそうになるよ。いつかまた、ないてしまうということはわかっているけど、いまだけは泣くのはもうやめると。ノエルの歌詞に感謝して、また今日の夜もオアシスを聞こうかな。

 

 

 

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